第三編 立ち上がれ!中小零細ソフトハウス

はじめに

久々に更新します。今回訳した第三編「一身独立して一国独立する事」は、開国して間もない日本が欧米諸国と対等に渡り合うためには、みなが独立心をもつことが必要だと説いています。今回は、欧米諸国を大手SIerに、日本を中小零細ソフトハウスに読み替えて訳してみました。

IBMも中小零細ソフトハウスも同等の権利を持っている

SEは貧富の差、スキルの差、地位の差に関係なく同等の「権利」を持っていることを第二編で述べた。
本編ではさらに広げて企業間の関係について述べる。
会社は、人の集合体である。IBMIBM社員の集まりである。名もない中小零細ソフトハウスも、そのソフトハウスに属する社員の集まりである。
IBMのSEも中小零細ソフトハウスのSEも、先に述べたように同等の「権利」を持っている。
一人が一人に対して迷惑をかけてはいけないとの同様に、複数人複数人に対し迷惑をかけてもいけない。人数は関係ないのである。
今IT業界を見渡すと、人材も資本も豊富で強大な力を持つ企業もあれば、人材も乏しく資金繰りも厳しい零細企業もある。
一般に上場企業には力があり、中小零細ソフトハウスには力がない。確かに雲泥の差がある、しかし、これは「状態」の話にすぎない。先に書いたように、会社の力の差に関係なく権利は同等なのである。大企業が零細企業へ無理を強いるのは、相撲取りが病人の腕をへし折るのと違いがない。そのようなことは許してはいけない。
会社間の力の差は、自然の摂理で決まっているものではない。大企業でも努力を怠れば凋落するし、零細企業でも努力すればリーディングカンパニーになりうる。
中小零細ソフトハウスも現状に甘んじることなく、あきらめることなく、社員一人ひとりが独立心を持ち、会社の成長を目指すのなら、大企業を恐れる必要はない。大企業からの要求であっても、道理に合っていることならそれを聞き入れ、合っていないことについては聞き入れなければよいだけである。
繰り返すが、社員一人ひとりが独立心をもって初めて、会社は独立企業として価値を持つのである。

社員一人ひとりが独立心を持ってはじめて会社は会社として成立する

 先ほど述べたように、大手SIerも中小零細ソフトハウスも同等の権利を持っている。しかし、それぞれの社員に独立心がなければ、誰も独立した会社として付き合ってくれない。
独立心を持たない社員ばかりの会社は、他の会社と同等に付き合うことは難しく、下手をするといいように使われ、振り回されるか、全く相手にされないかのどちらかになるだろう。
このような会社が独立した一企業として認められるための社員の独立について、ポイントを3つに絞り込み以下に述べようと思う。

その一 独立心のない者は会社のことなんて考えていない

 「独立」とは、自分の身を自分でコントロールし、他人に頼らないことを指す。
例えば、自分で情報を取捨選択し正しい判断を下せるものは他人の意見に頼らず独立していると言える。自分の稼ぎだけで生活できる者は経済的に独立していると言える。
経営者も社員も、誰もこのような独立心を持たないとどうなるか。社員は、経営者や上司からの指示を待ち、ただ言われたことを実行するだけ。社員がそういうスタンスで仕事をしているのにもかかわらず、経営者は社員が稼いだ売上をピンはねするだけで、これといったビジョンもなし。そうするとただ目先の金にのみ目を奪われ、自分たちがどこに向かおうとしているのかわからなくなってしまう。
 「民はこれを由らしむべし知らしむべからず(人民はとにかく従わせろ、何も知らせる必要はない)」とのたまう人がいるが、今の時代では大きな誤りだ。リーダーシップを生まれ持って備えたものは、千人に一人くらいしかいない。仮に社員数1万人の会社があったとしよう。そのうち、リーダーシップを備え持っているのは、10人程度という計算となる。そうすると彼らが会社を支配し、残りの者は何も知らない「お客様」となる。「お客様」というスタンスで仕事に望むと、ただリーダーからの指示に従うだけになる。社員は自分のことを「お客様」と思って仕事をするので、会社のことなんて考えるはずもない。
 そういう状態でも内向きには、ある意味統制がとれ、特に問題が発生しない場合もある。しかし、外向きのことを考えると大きな問題である。例えば、協力なライバル会社が出現した時など目も当てられない。皆お客様なので自分の生活を犠牲にしてまで戦おうと思うものが皆無に近い。会社が危機に直面すれば、会社を立て直すことを考える前に、転職先を探すだろう。このような会社は社員数が1万人の会社だと言っても、会社のことを考える人間は、わずか10人しかいないのだ。そういう会社は、「独立」しているとは言えない。

 戦国時代、駿河今川義元は、数万の兵を率いて織田信長を攻めたが、桶狭間で討たれた。すると駿河の軍勢は、蜘蛛の子を散らすが如く、戦いもせず逃げ去った。こうして今川家は一夜にして滅びたのである。
一方でその3年ほど前、ヨーロッパではフランスとプロシアが戦い、フランス皇帝のナポレオンが捕らえられた。しかし、フランス人は諦めずに戦い、必死の抵抗の末に和睦に至った。その結果フランスは滅びなかったのである。
今川家と全然違う。何が違うかというと、駿河の人民は義元一人にすがり、お客様のつもりでいたのである。しかしフランス人は、自国を自分のものとして考え、自国のために命をかける覚悟があったのである。

 このように、独立心を持った社員が会社のことを自分のことのように考えるようになって初めて独立した会社となりうるのである。

その二 社内で独立心のないものは、社外でも独立心を持てない

 独立心のない者は、必ず人に頼る。人に頼る者は必ず人を恐れる。人を恐れる者は必ず人に媚びる。常に人を恐れ、媚びている者は、その状態に慣れてしまい、面の皮が鉄のように厚くなり、恥ずべきことを恥じず、議論すべきことを議論せず、ただ上の人間に対し、腰を低くするだけだ。
さらにそういう傾向は、習慣になってしまうと改めにくい。例えば江戸時代から明治に入って、士農工商の身分はなくなったが、その習慣はなかなかとれず、上にペコペコする体質は変わっていない。為政者にとってもそれが都合がよかったので、その悪しき習慣を助長してしまった。
そういう輩は結局、外部に対しても媚びへつらうのである。奴隷根性がなくなっていないのだ。内部でペコペコしているものが、外にでて堂々とできるわけがないのである。
 例えば、零細ソフトハウスのSEが大手SIerに常駐することになったとしよう。彼はまず大手SIerの豪華な建物に圧倒される。そして、受付にいる綺麗なお姉さんに見とれる。そして、居室に入れば、設備に驚く。そして、その大手SIerに関わっているというだけで、舞い上がってしまい、自分の会社のことは伏せて、皆に入館証を見せびらかしたりする。そんなメンタリティで仕事をするから、大手SIerからの指示は、どんな無茶な指示であっても断ることもできず、ハイハイと聞いてしまい、自分の会社に不利益を被らせるのだ。

その三 独立心のないものは、他人の威光を悪用する

 江戸時代、人に金を貸し、徳川御三家などの有力者の名前を借りて、返金を迫るというようなやり口が横行していた。貸したお金を返してもらえないときは、本来は、政府に訴えるべきである。それをせず、他人の名前を借りて脅して返金させるというのは卑怯である。SEの業界でもそのような他人の威光を悪用するような事例を耳にする。例えば、能力のない経営者に愛想を尽かし、転職しようとする社員に対し、「俺は大企業A社の有力者と知り合いだ。今お前が辞めるのだとしたら、その人にお前の不義理ぶりを話し、この業界にいられなくしてやる」などと脅す経営者がいるという。そういう他人の威光を借りるような行為を続けていると自社の骨格が腐ってくる。独立心のないものは、便利だと言って油断してはいけない。平気で会社の骨格を腐らせるのだ。



 上記に述べたことは、独立心がないことにより、生じる災害だ。まずは自分の独立心を育て、余力があれば他人の独立を助けるのがよい。みなが独立してはじめて会社として成立する。人を縛り付け、無理やりいうことを聞かせるのではなく、お互い独立して苦楽を共にすることが大切だ。

おすすめ本

学問のすゝめ (岩波文庫)

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